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大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)3888号 判決 1978年7月20日

原告 木津信用組合

右代表者代表理事 花崎一郎

右訴訟代理人弁護士 葛城健二

被告 大商水産株式会社

右代表者代表取締役 宮垣彰美

右訴訟代理人弁護士 小長谷國男

同復代理人弁護士 今井徹

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二五三四万八九六二円及びこれに対する昭和四九年六月二四日から完済まで日歩七銭の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1  原・被告間において、昭和四五年二月一三日、手形貸付、手形割引、証書貸付、当座貸越に関する取引契約が締結された。

2  原告は右取引契約を基本契約としてこれに基き、昭和四五年九月二六日、被告代理人田中孝平を介して、被告との間に当座勘定取引契約及び当座勘定借越契約を締結した。

3  原告は右各契約に基き、被告に対し、昭和四五年九月二六日から昭和四九年七月一三日までの間、継続的に手形貸付、手形割引、証書貸付等をなし、同日現在において被告に対し合計二五三四万八九六二円の貸越残金債権を有している。

4  原告は被告に対し、昭和四九年七月一八日被告に対し、右貸越残金支払を催告したが、被告においてこれを支払わなかったので、同月二三日、前記各契約を解除する旨の意思表示をなした。

5  仮に田中孝平に被告を代理する権限がなかったとしても、

(一) 被告取締役田中孝平名義振出の小切手が株式会社大和銀行生野南支店の被告名義の口座に長期間にわたり入金され、被告の集金業務に利用されており、被告は田中孝平が被告取締役との名義で銀行取引をなしていることを知っており、右取引が被告自身の取引であることを認めていた。また貸借対照表の作成についても本件貸越残代金を被告の赤字として計上したうえ、監督官庁に事業報告書を提出し、税務署に対する法人所得の申告に際しても同様の決算書類を提出している。また、大阪市中央卸売市場東部市場(以下「東部市場」という。)内においては仲買業務をしている会社はほとんど、各取締役名義で会社を代表して取引しており、右取引形態は東部市場内における商慣習として定着していた。

(二) 右の事実によれば、被告は田中孝平に対し自己の商号を使用して営業をなすことを許諾したものというべきであり、原告は被告を取引の相手方と誤信して取引をなしたものであるから商法二三条により、又は表示による禁反言の法則により、被告においても前記貸越残金の支払の責任がある。

(三) また、右事実によれば、被告は原告に対し、田中孝平に代理権を与えたことを表示していたものというべきであるから、民法一〇九条により、前記貸越残金の支払義務がある。

(四) 仮に以上が認められず、田中孝平が無権代理人であったとしても、被告は、(一)記載の事実からすれば右無権代理行為を追認したものというべきである。

6  仮に以上が認められないとしても、被告は、代表権のない田中孝平に被告取締役という名称の使用を許し、右名義で当座取引をさせ原告をして被告を当座取引の相手方と誤信させた過失により原告に対し、前記貸越残金同額の損害を蒙らせたものであるから民法七〇九条の規定により、又は田中孝平の使用者として同法七一五条の規定により原告の蒙った前記貸越残金並びに約定利息金又は約定遅延損害金相当の損害を賠償すべき責任がある。

7  よって、原告は被告に対し、右当座貸越残金又は同相当の損害金として金二五三四万八九六二円、並びに、これに対する昭和四九年六月二四日から同年七月二三日まで約定による日歩七銭の割合による未払利息金又は同相当の損害金、契約解除後である同月二四日から完済まで約定による日歩七銭の割合による遅延損害金又は同相当の損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

但し、右契約は田中孝平が原告から三〇〇万円の運転資金を借入れるために、右目的に限定して作成されたものであり、同二項以下の原告、田中間の当座取引契約と何ら関連性はない。

2  同2の事実は否認する。

右の各契約は原告、田中間の契約であって、原告・被告間にはかかる契約は締結されていない。

3  同3の事実は否認する。

4  同4のうち原告が昭和四九年七月一八日右貸越残金の支払を催告し、被告が右の支払をしなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  同5の事実は全て否認する。

大阪市は流通機構の近代化の一環として大阪市中央卸売市場内において仲買業務を営む業者を統合組織化させる趣旨のもとに法人組織にするよう行政指導をなし、右を受けて田中を含む五人の東部市場内の仲買業者が集って被告を設立したものである。しかし、被告の実体は五人の各個人企業の集合体であって、各個人が独占的排他的に店舗を構えて独自の顧客を持ち、その使用人も五名各別に雇傭し、仕入、売上、支払、資金繰りも独自で処理し、小切手帳も排他的に所持し、他からの支配介入を許さなかったものであり、税金の負担も各自の均等配分と仕入実績により算出した配分部分をその商売の収支の中から負担し、税務署の所得調査も各人の収支を対象として行われているものであり、右実体は原告を含む東部市場内の金融機関は全て知悉しているものである。したがって、原告、田中間の当座取引も田中個人を相手方としていることは明らかであり、田中が被告の代理人であったものと認めるべき根拠は存しないばかりか、田中に代理権ないし代表権がないことを原告は知悉していたものである。

6  同6の事実は否認する。

第三、証拠《省略》

理由

一、請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、昭和四五年九月二六日、原告と被告取締役田中孝平間において当座勘定取引約定書(甲二号証)及び当座勘定借越約定書(甲三号証)が作成され、右各書面には本人として被告取締役田中孝平、保証人として田中孝平の記名又は署名及び捺印があることが認められる。

原告は原・被告間で作成された甲一号証の一(取引約定書)を基本契約とし、これに基いて右甲二、三号証が作成されたものであり、その後原告、被告取締役田中孝平間でなされた当座取引は甲一号証の一に基くものである旨主張する。しかし、《証拠省略》によれば、右甲一号証の一は、原・被告間において昭和四五年二月一三日に作成され、契約者は被告名義であるのに対し、甲二、三号証は前記のとおり約七ヶ月後の同年九月二六日に作成され、契約者は被告取締役田中孝平名義であり、両者は右のとおり契約者の名義及び作成年月日を異にしていること、甲一号証の一は、被告が田中孝平のために三〇〇万円を原告から借入れた際に右借入れに限定して作成されたものであること、被告は被告取締役全員平等に各取締役のために三〇〇万円の限度で銀行から借入をなしており、右の借入も右の一貫として借入れたものであること、右借入金は田中において分割弁済していたが、昭和四九年八月二一日残元金及び利息合計一七一万八七四六円を返済し、右借入金を完済したことが認められ(る。)《証拠判断省略》右事実によれば甲一号証の一と甲二、三号証とは関連性がなく、別個の取引約定であることは明らかであり、原告の主張は採用することはできない。

二、《証拠省略》によれば、田中孝平に被告の代表権がなかったことは明らかである。

そこで、甲二、三号証の約定をなした田中孝平に被告会社を代理する権限があったか否かにつき判断する。

《証拠省略》によれば次の事実を認めることができる。

1  大阪市は東部市場を開設する際、流通機構の拡大化を図り、仲買商人の信用を増大させるため、同市場において仲買業を営もうとする商人については原則として法人組織化するよう行政指導をなし、法人組織でなければ入店を許可することはなく、現在入店している約一〇〇の業者は全て法人組織である。

ところで、宮垣彰美、近藤大三、小西邦雄はもと中央市場、田中孝平は木津市場、同小西徳夫はもと天満市場において、それぞれ塩干仲買業を各個人で営んでいたものであるが、東部市場が開設されるや、同市場において仲買業を営もうとし、大阪市の行政指導に従い、右五名が集って被告を設立し、宮垣が代表取締役に、その余の四名はそれぞれ取締役に就任した。

2  しかしながら右各取締役はそれぞれ区画された独自の店舗を持ち、従業員も各別に雇傭し、その雇傭条件も各別に定められ、出社、退社時間も各別であり、独自の顧客を持ち、独自の工夫により各別の経営を営み、他の取締役からの支配、介入はなかった。更に、各取締役は各別に資金の調達、銀行取引をなし、小切手帳も各自が所持し、各自がその権限において振出していた。

3  東部市場付近においては大和銀行生野南支店、三和銀行生野支店、大福信用金庫東部市場支店が存在し、同市場内において仲買業を営む約一〇〇社の法人はほとんど全て右三行を利用して銀行取引を営んでおり、被告も昭和四五年までは大和銀行生野南支店に被告名義の口座をもち、各取締役も右口座を利用していたが、各取締役の、負債、預金はそれぞれ区別することができた。原告は木津市場内において信用組合取引を営んでいたが、昭和四四年暮ころ初めて東部市場内において支店を出すことを企画し、準備を進めていたが、仲買業者のほとんどが既に他行と銀行取引をなしていたため、顧客の獲得は困難であり、かなり有利な条件で顧客を獲得するための勧誘をした。右勧誘により田中孝平及び小西邦雄が大和銀行との取引をとりやめ、原告との間で信用組合取引をなすこととし、前記のとおり田中のために被告名義で三〇〇万円を借入れるために甲一号証の一を作成した後には田中は独自で信用組合取引の交渉をなし、田中の大和銀行に対する負債六〇〇万円を原告において肩替りして支払うとともに、これを原告の田中に対する個人の貸付として甲五号証(取引約定書)を甲二、三号証と同じ日(昭和四五年九月二六日)に作成した。同日以降原告は田中に対し多数回にわたり貸付をなし、貸付限度額も、同日二〇〇万円であったものを四回にわたり増額し、昭和四九年二月五日には三〇〇〇万円としたが、原告から被告に対し、右貸付限度額の変更及び個々の貸付については何ら通知はなされなかった。

4  ところで、被告は仕入については被告名義で一括して注文し、被告名義で一括して仕入れた商品代金の支払をなしていたが、その注文においても被告の各取締役が各自で注文し、右をとりまとめて注文するものであり、仕入商品代金の支払も各取締役が各自の注文量に応じてその支払をなしており、田中は被告名義の大和銀行の口座に田中振出の小切手で振込みその支払をなしていた。そして、仕入に対する仕入先からのリベート(戻り交付金)も被告が一括して受取り内部でその仕入額に応じて配分していた。

5  また、各種税金の負担も被告が一括して支払うが、内部的にはその総額の四〇%を各取締役が平分して負担し、その余は各仕入総額の割合に従って負担しており、税務署も実体が個人営業の集合体である場合が多いことを認め、右の場合には各営業主体と認められる個人の収支を対象として調査していた。

6  また、被告の貸借対照表、損益計算書等の決算書類も各取締役別に作成し、それをまとめたものを事業報告書として大阪市長に提出しており、内部的な決算報告書によれば各取締役の資産、負債、事業内容等は明確に区別されている。

7  東部市場内の仲買業者のうち大部分の会社は被告と同様の事業形態であり、原告及び前記各銀行は右の事実を知悉しており、原告を除く前記各銀行は実体が個人企業であって代表権のない取締役と取引する際に会社自体の責任を追求する必要があるときには会社の代理権を表示する書面を提出させるか、又は会社自体の保証を要求する等の工夫をなしている。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右の事実によれば、被告は一応法人の形態を採用しているが、右は大阪市の行政指導により東部市場に入店するためにやむなく法人組織にしたものであり、その実態は各取締役が各自営業を営むいわゆる個人企業の集合体であるものというべきである。そして、原告と被告取締役田中との間でなされた信用組合取引も田中孝平個人がその責任においてなしたものというべく、田中に被告を代理する権限があったものとは認めることはできず、他に田中に右代理権があったことを認めるに足る証拠はない。

三、請求原因5の(一)のうち原告主張の商慣習があった事実及び同5の(四)の事実を認めるに足る証拠はない。

また、前認定の事実によれば甲二、三号証に契約者として表示されている「被告取締役田中孝平」のうち、「被告取締役」の表示は単に田中孝平の肩書を表示した以上のものとは認められず、被告が原告をして被告の営業と誤信させるべき商号の使用を許諾したものとは認められず、また、被告の代理権を表示したものとも認めることはできない。仮に右が商号の使用に該当し、代理権を表示したものと認められるとしても、原告は前認定のとおり、被告がいわゆる個人営業の集合体であることを知悉していたものであるから、右が被告の取引でないこと若しくは被告の代理権が田中にないことにつき、原告は悪意であり、又は、少くとも、右が被告の取引であると誤信し、田中に被告の代理権があると原告が信じたことには重大な過失があるものといわなければならない。そして表示による禁反言の法則、商法二三条、民法一〇九条の責任といえども、悪意又は重過失の者まで保護に値しないものというべく、請求原因5の(二)及び(三)の主張は理由がない。

四、仮に、田中孝平が被告取締役田中孝平名義で信用組合取引をなしたことにより原告が被告をその相手方と誤信したとしても前二、三認定のように、右誤信は原告の一方的な過失によるものであり、被告に過失があったものとは認められないから、被告が不法行為責任を負うものではなく、請求原因6の主張は理由がない。

五、以上の次第であって、その余の判断に及ぶまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中清)

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